Activities - Discussion

Lumoの活動内容 - ディスカッション

ここでは、過去に行われたディスカッションの紹介などを行っています。


二種類のディスカッション形式があります。「ディスカッション」と「演練セッション」です。

ディスカッションはグループ内で一つのお題について話し合い、40分でそれをまとめて発表するアクティビティです。様々な視点と価値観が共有されます。

演練は紙に書かれたお題を参加者全員が一枚ランダムで選び、そのお題についての考えをそれぞれが2分でまとめ、3分で共有し、ディスカッションに発展させるという趣旨のアクティビティです。多種多様なお題のディスカッションがスピーディーに行われる面白さがあります。

どの形式でも、議論をすることと考えを伝えることが求められ、参加者が積極的にアウトプットをするセッションです。そのアウトプットは経験に基づいていて脳をフル回転させた末の産物だと考えます。アウトプットしたものが批判されることはなく、参加者全員が等しい立場で議論が行われます。

Themes

ディスカッション:共通の幸せとは

ディスカッション:死刑制度のアリ、ナシについて。

演練セッション

ディスカッション:

共通の幸せとは

このお題を議論するためには理解するべき要素が三つある。「共通」とは何か。「幸せ」とは何か。そして、「共通の幸せ」とは何かの三つだ。

まず直感的に考えやすい「幸せ」に争点が置かれた。幸せは寝起きに感じられ「気持ちいい」体験と結び付きが強いが「楽しい」とは少し違う。つまりは「気持ちいい」は満足感や達成感が感じられる時に生まれる感情であるならそれは欲求が満たされたときに生じると考えた。しかし、ただの欲求ではない。「高級」な欲求が満たされた時に生まれるものだ。「高級」とは特別なもので、過去の自分或いは他人と比較した時の自分が優れていると思いたい欲求が「高級」な欲求だ。「幸せ」は定義づけられた。

次は「共通」だ。共通は普遍的で誰にでも共感も嫉妬もできるものだとの意見が出た。だとすれば、「共通の幸せ」はなんなのだろう?議論は深まり、様々なアイディアが飛び出た。「生きるという行為はみんながするから、普遍的だ」「生きる行為だけでなく、生きて死ぬことが共通の幸せなのでは?」「自殺を選ぶ人は幸せを生きている時に感じないが、死ぬ行為に幸せを見出しているのではないか?」「いや、普遍的という言葉を使っていたが、まず普遍的とは今を生きる全人類に当てはまるものなのか、それとも、今まで生きてきた人類も含めての普遍的なのか?」… …。ディスカッションの最後に導き出された考えは「共通の幸せ」とは「今まで生きてきた人達を含めた全人類が共感できる、生きているから感じられる感情」となった。

ディスカッション:

死刑制度のアリ、ナシについて。

(但し冤罪のリスクはないものとする)

概ね死刑制度に対し反対という意見が固まりつつあったが、反対派や賛成派の中でも「なぜ」その結論に至ったか、という部分に比較的大きな乖離が見られた。賛成派の中には所謂「目には目を」ベースの論調から、「死刑級の犯罪を犯したものに税金を使い続けるのはもったいない」といった意見も見受けられた。反対派に関しては、「どうにか更生させる道を見つけるべき」、「世界標準は死刑制度反対である」、また「死刑は楽すぎるのでは」といった意見が出た。

ただ一口に「賛成だ」、また「反対だ」といっても、その結論に「なぜ」至ったのか。それを深く掘り下げていく大切さを教えてくれたディスカッションであった。

演練セッション

スポーツ観戦の意義 [ひろし]

スポーツ観戦はそれ自体を楽しむだけではなく、社会性を学べる行為である。観戦しているチームのプレイヤー同士の関係、観戦するファンとチームの関係、チームとスポンサーの関係。こういった関係性が多様に発生しているのがスポーツである。関係性は社会を生み、社会性を学ばされる。スポーツの「ルール」と「スポーツマンシップ」も社会性について考えさせる要素になっているとひろしは話した。

社会人がスーツを着る意義は? [たつわき]

スーツは誰が作って、誰が意味を与えたのか。曖昧なことが多く、社会がなんとなくで受け入れている側面が強いそうだ。スーツを着る必要のない人も多くいて、必ずしも日本社会に必要では無いようだ。だが、そう疑問を抱き否定するだけではなにも生まれない。その上今まで築かれた文化を一新することになってしまう。たつわきの見解としては必要性を疑問視することも良いがそれを利用することも重要である、とのことだ。

ヒーローって何?誰? [たろう]

ヒーローを表す言葉は、 Admire(尊敬)と Courage(勇気)、だと話し手は説明した。ヒーローは人にAdmireされるべきで、同時にヒーローにはCourageが無くてはならないそうだ。そんなヒーローは不変的ではなく、万人のヒーローはいないと言った。

今、理想の教師像 [げんじ]

理想の教師は教える相手をよく知っていて、その人に合わせた教え方を実践できる人である。そんな教師は自己分析を欠かさず、自分自身が教えるべきこと、教える方法、生徒との接し方を熟知しているそうだ。教える行為も一方通行なものだと認識ておらず、生徒からも吸収することがあると思っている。だが、常に生徒を先導するわけではなく「本当に危ない時には止めてくれる」人であるべきだとげんじは言った。

給料が上げられるべき職業 [ばん]

給料が上がる職業は需要があって人気がある職業で必然的に給料が上がるので、別に考えなくていいとばんは言った。しかし、お題の論点を少しずらし、政治家の給料は下げられるべきでは無いと主張した。これは、国を代表する政治家の給料が下がると政治家になろうとする人が少なくなるばかりか、政治家のモチベーションも下がるためだと言った。一般的に聞く意見とは逆をいく考えだ。

一番問題視している社会問題は? [りく]

りくはドイツの哲学者、エーリッヒ・フロムの言葉を使いながら話した。人々がずっと失敗してきたことがある。それは、愛を受動的にしかみておらず能動的には見ていないということだ。つまり、「愛される」ことばかり考え、他人を「愛する」ことにはとことん無頓着だそうだ。これは、ありとあらゆる問題に当てはめられるようで、例えば、高圧的で孤立を続ける国は、他国に「愛される」かに視点が置かれていて、自ら「愛する」という行為は見受けられない。それが、問題をより深刻化させ、他にも様々な問題を生む。

ユートピアには何が無い? [まい]

まいは最初にユートピアは存在しないとの前置きをした。でも、もしあるとするならばそこには自己顕示欲であったりいき過ぎた物欲などの「悪い」欲が無いと言った。欲には「良い」欲もあり人のモチベーションになり、完全に失われてはいけないものだとした。このお題はその後長い議論になり、愛の本質を話し合うまでに発展した。